Drian Paicダンスミュージックラバーたちにとって、Dorian Paicのバイオ以上にフランクフルトのテクノとハウスの歴史を物語るものは多くない。フランクフルトのディスコ"Dorian Gray"やSven Vathの伝説をうみだした"Music Hall"、カルト的クラブ "XS"、そしてイビザの"Monza"やオッフェンバッハの"Robert Johnson"など、Paicは様々な形でこれらの伝説的クラブと関わりをもってきた。Paicは、様々な階層出身の人々とその人生の交わるナイトライフやスモークマシーンの吐き出す煙、そしてもちろんダンスミュージックの虜になっていた。

90年代は瞬く間に過ぎ去ったが、その後PaicはクラブMonzaのレジデントになっただけでなく、 レコードショップFreebase周りの音楽的思想にも多大な影響を与えた。Ricardo Villalobosは話題となった"Fabric Mix"でDorianをサポートとして引き入れ、Sven VäthはLove Family ParkやIbizaでのパーティーにおいて、頻繁にPaicをオープンDJとして指名した。どこをとっても垣間見る賞賛の嵐は、決して偶然ではない。エキスパートは突然現れたりはしない。 Dorianのレーベルである" Raum…musik"も同じである。A&Rマネージャーと同時にRaum…musikのアーティストの一人となったことで、メジャーとインディーの垣根を越えた錚々たる面々が揃ったことが分かるだろう。そして、ベルリンとブラジルの間のどこかでDJをしていないときは、DorianはRobert Johnsonのキャストに属し、Meatとともに幾度もFreebaseのパーティーをオーガナイズしながら、様々な音楽活動を通して、マイン川が干涸びてはいないことを確かめている。

sog